『本当は忘れたい・・けれど』
〜彩羽私想手記〜

こんにちは。彩羽です。
本州、南の方から少しづつ春の足音が聞こえるようになりました。
春の訪れが待ち遠しい気持ちと
「またこの時期が来たなぁ〜」と憂鬱な気持ち。ふたつの感情を胸に今日を迎えました。

2011年3月11日。14時46分。
宮城、岩手、福島3県を中心とした巨大地震が発生しました。
私はその被災者です。
携帯電話からの不気味な緊急地震速報の音。それと共に激しい揺れが起こりました。
立っている事もできないほどの激しい揺れ。
叫び声、物が落ち倒れる音。
今でも、あの時の事は忘れることはできず、鮮明に覚えています。
その後に起こった巨大津波。
自然の容赦ない力の前では
私達はなすすべもなく、
津波は私が生まれ育った実家、近所のおじさん、おばさん、友人、思い出・・・何もかもを飲み込んでいきました。
地震の直後から、追い討ちをかけるように降ってきた冷たい雪。
真っ暗な闇の中鳴り響くサイレンの音。
一晩中続く余震。
寒さと怖さに震える人。途方にくれる人、泣き叫ぶ人。。。
あの時の地震、津波は私達に恐怖と悲しみを残しました。
それでも、私達は東北の人間。持ち前の我慢強さで
「負けねど。」と、
歯を食いしばり、復興に向けて立ち上がりました。
そして、あの日から7年。
心に受けた傷はまだまだ癒えませんが、
あの時生まれた『絆』を胸に今を生きています。
先月、地元に帰った時、
久しぶりに実家のあった場所へ行って来ました。7年ぶりでした。
ずっと怖くて近寄れなかったのです。
子どもの頃から何年も暮らしていた町は今はさら地になっていました。
何年も住んでいた場所なのに、実家がどこにあったのか?わかりませんでした。
友達と遊んだ公園。おっかないおじさんがいた家。子供たちの声も聞こえず、
そこには、元から何もなかったかのように、
冷たい風が吹くだけでした。

「東日本大震災」私にとっては本当は、思い出したくない出来事。
できれば記憶から消してしまいたいと思うほど、辛く悲しい出来事です。
けれど、実際に体験した私たちに出来ることは、「語り継ぐ」こと。
あの日起こった事。地震、津波から身を守ることを忘れてはならないと。
これを語り継がないと、何10年後かにまた同じ悲劇が起きてしまうかもしれない。
地震への備え、身を守る方法を少しでも皆さんの心の中に入れておいて頂ければと思います。
ご家族、ご友人、職場・・・ほんの少しでも話し合える機会を持って頂きたいと思います。
去年の12月だったでしょうか?
ニュースで「北海道でも巨大地震」というのが報道されました。
札幌は特に道内でも地震は少ない方だと聞きました。
私が札幌に来て一年。確かに地震で怖い思いをした事はありません。
緊急地震速報も一度も聞かずに過ごしています。
でも、「いつ起こるかわからない」自然の脅威から身を守るために、最低限の備えは必要だと思うのです。

今日『3.11』
東日本大震災から7年目を迎えました。
私の友人も津波が直撃した場所に住んでいました。
あの日のほんの数日前に「近いうち、カラオケ行ってご飯一緒に食べよう」と約束してました。
まだ、その約束を果たしていません。
きっと、どこかで笑っていてくれている。
・・・そう信じたいです。

あの日、犠牲になられたたくさんの方々に
心からご冥福をお祈りいたします。
そして、東北へたくさんの援助と温かいエールを送っていただいたみなさまへ心からお礼を申し上げます。


今回も彩羽の私想手記を最後までお読みくださり、ありがとうございました。

〜彩羽〜


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