こんにちは。彩羽です。
雪解けはどんどん進み舗道の雪も日影以外はすっかりなくなりました。
もう春はそこまでやって来ていますが、
まだちょっともたもた足踏みしてる感じですね。
なんか、今の私に似てるような気がします。
本州の友人からは次々と春の便りが届いています。
札幌にも早くやって来ないかなぁ?
待ち遠しいですね。
皆さんは春になったら何をしたいですか?

さて、今まで
「魅せられて」「こじらせて」と私の道北・道北への旅日記を綴ってきましたが、
今回は一旦中休み。
また次回まで楽しみにして頂けたらと思います。

三月に入るとテレビや新聞では「東日本大震災」についての話題が増えていき、津波の映像など映されます。
私はすぐにチャンネルチェンジ。
やはり、八年経った今でも私には観ることができません。
辛いです。動悸がして身体が震えます。
なのでテレビ大好きな私ですが、最近はDVDを観ることが多くなりました。

今日はは三月十一日。
あの日、奪われたたくさんの尊い命に
心からご冥福をお祈りします。

東日本大震災から八年になります。
この手記でも何度か書かせて頂きました。
八年経った今でもあの時の恐怖や不安は忘れることができません。
「おらいの母ちゃん、どうしたべ?おらいの母ちゃん知らね〜か?」
避難先の病院で私が付き添っていたお年寄りのあの叫びが今でも耳に残ります。
情報が錯綜し、津波がどのくらいのものだったか?あの時の私達には想像もついていませんでした。
私は介護施設に勤務していました。
通いのお年寄りの方々と共に被災しました。
施設では、対応仕切れず通所のお年寄りは近くの大きな病院に避難するようにと指示があり
私は十数人のお年寄りと五名の職員と共に病院にいました。
私の家族とも連絡が取れてはいませんでしたが辛うじて施設まで来た娘とは一緒でした。
海岸近くの実家の母とも連絡が取れず、不安ばかりが募りました。
そんな時、津波に遭い救助された方々から
私達は初めて津波の状況を知らされました。
ちょうど私が付き添っていたお年寄り達は皆、私の実家と同じ地区に住んでいた方ばかり。
「もう、俺たちの地区は全滅だ。皆流された」
それを聞いた瞬間皆茫然となっていたと思います。
「おらいの母ちゃん知らねが?」
その叫びを聞いた後の記憶はありません。
「お母さん!」・・・娘と一緒に泣き崩れていました。
次の日になり母の無事が確認できました。
幸いだったのは地震が起きた時、たまたま弟が実家の近くにいた事。
津波警報が出る前に母を連れて内陸へと向かってくれていたのです。

去年の九月。
北海道でも大きな地震がありました。
私が北海道に来て初めて聞いた「緊急地震速報」そして、停電。
私の住む場所の揺れは大したことはありませんでしたが、あの不気味な速報の音と停電には心が折れました。
「北海道は地震は少ない。特に札幌は」と聞いていたので安心しきっていたので尚更かもしれません。
平成の時代は日本国内至る所で大きな地震災害、台風災害と次々と起こりたくさんの尊い命が失われました。
防災意識も高まり、水や食料、懐中電灯など防災グッズもたくさん売られるようになりました。
実際、用意されている方もたくさんいらっしゃると思います。
とても大切な事だと思います。
でも、私はもっともっと大切な事があると思っています。
それは「命」
当然ですね。
なぜこんな事を言うのか?と言うと・・・
あの東日本大震災で私の実家のあった地区は何もかも流されなくなってしまいました。
私の実家の地区の方々は地震が起きてからすぐに近くの避難場所となっていた小学校に避難したそうです。
でもあの地区で津波に飲まれた大半は家族を避難させた後、着替えなど荷物を取りにまた戻ってしまったそうなんです。
その時には大津波警報が出ていました。
あの大きな揺れの直後、余震が続く中では誰もがパニックになって当然。
いくら避難訓練や防災意識が高まっていても実際に落ち着いて行動できる人は果たしてどれくらいいるか?
何度も大きな地震を経験した私でも緊急地震速報が鳴る中何もする事はできずにいます。
ただただ、怖さに震えるばかりです。
防災グッズはもちろん大切な物で必要な物です。
でも、それは「命」があってこそのもの。
札幌の街中では津波の心配はないと思いますが
海沿いにお住まいの方には特にほんのちょっとでも心の中に入れておいて頂きたいです。
「命」さえあれば何とかなるんです。
うまくお伝えできているか?
私の拙い文章では難しいですね。
とにかく、自分の「命」を一番に連れ出してください。
そして、情報をしっかり掴む事。
荷物はそれからでも遅くありません。
いつどこで何が起こるかわからかい時代。
どんな時も「命」を守って欲しいです。

今日は札幌にあるお寺で
「東日本大震災」を偲んで「勿忘の鐘」を行なっていました。
地震の起こった十四時四十六分。
私はゴーン・・・と追悼の鐘が鳴り響く中黙祷を捧げてきました。
今でも手が震えどうしようもない気持ちになります。
それでも私は忘れません。
あの日、犠牲になられた方々の分まで
「命」を大切に生きていきたいと思います。

本州では、梅の花や桃の花が咲き暖かい春がやって来ています。
札幌にも早く暖かい春が来ると良いですね。
皆で待ちましょうねw

最後に
「東日本大震災」で被災した方々に心からお見舞い申し上げます。
そして、たくさんの励ましを頂いた皆さまに心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。

今回も彩羽の私想手記を最後までお読み頂き
ありがとうございました。

〜語り人・彩羽〜

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こんにちは。彩羽です。
三月に入りました。
朝夕は相変わらず気温は低くまだまだ寒く感じますが、日中は柔らかな陽射しが春を感じさせてくれるようになりましたね。
路上に積もっていた雪もだいぶ解けて歩きやすくなり私の心も踊る毎日。
ただ、春先の路面は所々氷のトラップが仕掛けられていて、油断するとつるっといってしまうので、油断禁物の私です。
でも、これから桜の便りも届くのが楽しみですね。

今回は前回の道北・道東の旅の続編です。

実は出発当日、私はくしゃみが止まらず明らかに風邪の症状が出ていました。
風邪薬を飲んで栄養ドリンクを飲んで
風邪は「気のせい。大丈夫」と自分に言い聞かせて出発。
友人との旅行はとても楽しく、車中では寝ずに朝までお喋りに花が咲かせていました。
でも、寝ていないのと寒さとで、少しずつ悪化しているような気はしていました。
オーロラ号に乗っていた時、寒さなのか?寒気なのか?
わからなくなっていましたが、楽しい気持ちが勝っていて悪化していたのも気づかない程。
咳と鼻がグズグズいっていた以外、痛いところも無し、食欲もありました。
その日の宿での夕飯も友人が驚くほど食べて食べて食べまくりました。
夕飯が済んだ後のことです。
「ん?なんかやっぱりマズイかも?」・・・とようやく体の不調を感じました。
友人は「体温計借りる?」と心配してくれましたが、もしも熱があったら本当に具合いが悪くなるような気がしたので熱は計らず、
その日はお風呂は我慢して(入る気力もなかった)
早めに休むことにしました。
もちろん、この不調は「気のせい」と自分に言い聞かせて。
そして、次の日に悪化してしない事を願って・・・
その夜は朝までぐっすり眠ったようで、朝目覚めると
「よし!大丈夫!」っと言うくらい体調は良くなっていました。
ただひとつ。顔の左半分に違和感を感じていました。
恐る恐る鏡を見ると
「きゃー!お岩さん!」
な、なんと顔半分が腫れているぅ〜。
「何故?なぜ?」
そういえば昨夜友人が
「ちゃんと鼻かみなよ〜」と言ってくれたのを思い出し、
「もしかしたら副鼻腔炎?」絶望的。
でも、これもまた「気のせい」と言い聞かせ、
冷たいタオルで冷やし鼻のスプレーで凌ぐことに。
間違いなく風邪をこじらせてしまっていました。
その日は知床から釧路へ向かう予定でした。
途中「鶴居村」でいよいよ丹頂鶴を見る事になっていました。
具合いなんて悪くなってはいられません。
とにかく「気力のみ」全ては「気のせい」
そう思う事に。
とりあえずシャワーを浴び出発の準備。
マスクをして左の目は髪の毛で隠し「お岩さん」がバレないようにw
そして出発。
さて、
「それからどうなったか?」と言うと。
・・・その日の宿がある釧路に着いた頃には
顔の腫れもすっかり引き「お岩さん」ではなく
元の私に戻っていました。

今回の旅行中、
私は風邪をこじらせました。
マイナス15℃の中歩き周ったのですからw
旅行中でなければ間違いなく熱が出て寝込んでいただろうと思います。
でも、知床の澄んだ空気と美しい景色が一番の薬となり、
「気のせい」と思い込み大ごとにならずに済ませました。
今回の旅行は私にとってこじらせた風邪をもものともしない楽しい旅でした。

今日はまた太陽の陽射しが優しく札幌の街に降り注いでいます。
厳しい冬から桜の便りが楽しみな季節へと生まれ変わる時節になりました。
もうすぐ春です。
「体調が思わしくない」と感じているあなた。
もしかしたら「気のせい」かもしれませんよw
・・・とは言え、季節の変わり目、
くれぐれも無理なさらずご自愛ください。

彩羽の楽しい旅の思い出はまだまだ続きます。

今回も
彩羽の私想手記を最後までお読み頂きありがとうございました。

優しい春の陽射しを受けて
心穏やかに過ごせますように・・・

〜彩羽〜

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「わぁ〜!」
・・・っと言ったきり
私は言葉が出なかった。
初めてのオホーツクの海。
地平線の彼方まで続く流氷。
自然の贈り物に私は思わず絶句。
それは海が深い眠りについているかのように見えた。
静けさの中で力強さを放ちながら美しく広がっていた。
私はその光景に一瞬で魅了された。
私の頬を涙が伝って、ぽとりと溢れた。
まるで「フレペの滝」のようにw

皆さん。
こんにちは。彩羽です。
二月も残すところあと僅かになりました。
厳しい寒さも峠を越えて、時折春を思わせる暖かな陽射しが感じられるようになりました。
いよいよ厳しい冬から脱出と言って良いのでしょうか?
路面を覆った雪も解け始め札幌の街並みもまた景色が変わり始めました。

私は今月、長い休暇を頂き、
冬の北海道巡りの旅に行って来ました。
それは、本当に私の一生の思い出に残る素敵な旅になりました。
私が北海道に来る前から「観てみたい」と思っていたものが三つあります。
一つはずぅ〜っと前に観たドラマ
「池中玄太80キロ」での場面。
冬の北海道の雪の中で舞う美しい「丹頂鶴」
あとの二つは、やっぱりテレビドラマ。
「北の国から」を観て。
「キタキツネ」とオホーツクの「流氷」
北海道の皆さんは「えーっ!」とお笑いになるかもしれませんが、
私はどうしてもこの三つが見たかったのです。
「キタキツネ」は去年、富良野へ行った時に発見!
一緒に行った娘と二人。大興奮で喜びました。
残りの二つは私にとってはかなり難しい挑戦。
真冬の北海道。しかも土地勘も無く一人で行くにはかなりの勇気も必要。
「もう諦めるしかないかな」
・・・と思っていた矢先、幸運の女神が舞い降りました。
今月札幌に遊びに来る予定だった地元の友人。
その友人のだんな様が急遽合流する事が決まり、レンタカーを借りて「流氷を観に行こう」
と言う事になったのです。
そんな経緯で私はなんと!夢だった「流氷」「丹頂鶴」を観に行く事ができました。
「流氷と鶴」どころか「サロマ湖」「屈斜路湖」「摩周湖」 釧路に帯広と三泊四日。
(正確には夜中の12時に札幌を出発し、そのまま寝ずに 夜を明かした)
街中を外れると真っ暗で見えるのはただただ雪景色。
途中の電光掲示板で現在の気温が表示され
「-18℃!」「-20℃!」・・・と今まで見た事もない気温に驚きながら、一つも眠くなる事なく車は走り続けました。
(でも、私は乗ってるだけw)

サロマ湖で朝日を迎え、それから網走に行き
いよいよ「オーロラ号」に乗船。
約一時間の周遊。
きっと、いや絶対海の上は寒かったに違いない。
けれど、寒さなんて忘れて辺り一面に広がる「流氷」に目を向けてパシャパシャと何度も何度もシャッターを切る私。
テレビで観ていたものとは違い、実際自分の目で観た流氷は力強さと美しさと静けさと
もう言葉では表現できないほどの感動を覚えました。
それから私たちは知床へと向かいました。
「フレペの滝」にも寄り真っ白な雪の森を散策しました。
「フレペの滝」は地元では「乙女の涙」と呼ばれているそうです。
初めて履いた「スノーシュー」深い雪の上でも沈む事なくサクサクと歩けます。
私たちはまるで子供のようにはしゃいでいたと思います。
お決まりの雪の上へのダイビング。
サラサラとしたパウダースノーは勢いよく飛び込んだ私の身体を優しく受け止めてくれ、
私はフカフカの雪のベッドにいるような感覚を覚えました。
そうそう。エゾ鹿を間近で観ることもできました。
そして、宿へと向かう時の事。
ある海岸線を走っていた時です。
「わぁ〜!すごい!」
一斉に私たちは叫びました。
私の目に飛び込んできたのは、
真っ白に広がる流氷。
静かに美しく、地平線の彼方まで続く流氷でした。
そこで車を止めてもらい、私は車から降りしばらく何も言わずオホーツクに広がる流氷をただただ眺めていました。
私が流氷に魅せられた瞬間でした。
船の上から観る流氷とはまた違った景色でした。
あの時の感動を言葉に言い表すことは難しいです。
それがとても悔しいです。
それほど私は流氷に魅せられました。
あまりの感動で私の目からは涙が溢れていました。

まだまだ私の道北・道東の旅は続きます。
が、このまま続けると果てしなく長くなってしまいそうなので今回はこれで筆(指)を置きます。
今回も彩羽の私想手記を最後までお読み頂き
ありがとうございました。

寒い冬も終わりに近づきました。
これから季節は春へと向かっていきます。
寒暖差が大きくなる時期。
くれぐれも無理なさらずご自愛ください。

この冬の思い出は
これから先、私の心に色褪せることなくいつまで残り続ける大切な思い出になりました。
貴方の心の中の思い出もこの先色褪せることなく、残り続けますように。

〜彩羽〜

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こんにちは。彩羽です。
厳しい寒さも、今はやっとひと段落した様子で
今週は気温もプラス気温になり
だいぶ過ごしやすくなってきました。
「このまま春が訪れてくれたら良いなぁ」と思うのは私だけではなく、皆さんも同じ思いだと思います。
優しい春風そよぐ季節ももうそこまでやってきています。
その日が待ち遠しいですね。

ちょっと前の話しになってしまいますが
私は今年も「雪まつり」行って来ました。
雪像に魅せられて三度も通いました。
本州では誰でも一度は行ってみたいと思う「さっぽろ雪まつり」と思うとついつい欲張りになり、
普段は一人で買い食いなんてしないのに、
「あれも、これも」と食べたり飲んだりもしながら十分に雪まつりを楽しみました。
迫力ある雪像。美しいプロジェクションマッピング。生で見るスノーボードは圧巻でした。
本当に楽しい思い出になりました。
「札幌にいて本当に良かったぁ」と心から思えました。

ところで、今年の冬は北海道では最高気温が観測史上最も低い日が続き、札幌でも厳しい寒さになり、
連日全国ニュースでも取り上げられていました。
そのニュースを観て本州の友人・知人から私を心配して
「寒そうだね。大丈夫?」
「転んだりしてない?」
「風邪ひかないように。身体に気をつけて」
・・・とLINEや電話がたくさん来るようになりました。
その度に私は
「大丈夫。元気よ。こんな寒さになんて負けないよ」
・・・と強気発言。
ほんとは寒いの苦手なのにw

私にはいつも言っている言葉があります。
ひとつは
「やってやれないわけがない。やらずにできるわけがない」
そして、
「私が負けるはずない」
この二つの言葉を思い出し自分自信を鼓舞して過ごしてきました。

最近、あるテレビドラマを観ていたら
エンディングで主題歌が流れそのドラマの最高の場面。
私の耳に飛び込んできた歌詞が力強いフレーズに乗せて流れてきました。
「私は負けるわけがない」
その歌詞がビビッと私の心に響きました。
私は、映画でもドラマでも歌(曲)でも
その台詞や歌詞の一言一言に気持ちを移入して観てしまう事があります。
自分とシンクロしているなら殊更。
今回のその曲は見事に私にハマりました。
「ああ 私は負けるはずがない」
いつも私が親友や周りの人や自分自信に
言っている言葉だったから。
半分冗談混ざりで、半分強がりで。

札幌に来るまでの間にも私には本当に色々な事がありました。
生まれてから優しい両親の元、温かい家庭で何不自由なく育ててもらいました。
それが当たり前だと思っていた幼い頃の私。
大人になってもそれが普通だと思い世間知らずの私がいました。
それがふとしたきっかけで当たり前ではなくなりました。
楽しい事はもちろん、数え切れないくらいありましたが、辛くて悲しい事が次々と私に襲ってきました。
頑張っても報われず、自然の大きな力に為すすべもなく立ち竦んだ事もありました。
何度も何度も転んでは起き上がり、
何とか今まで踏ん張って来れたのは
私を励ましてくれた家族や仲間、そして
さきほどの二つの言葉でした。
札幌に来たばかりの私は泣いてばかりの日々が続きました。
寒い冬には特に心細くて心折れてばかりでした。
三年たった今。
私を遠くから見守ってくれる母や友人。
彩羽に会いに来てくださる会員様。
いつも励ましてくれるすき妻のスタッフ、女性たち。
たくさんの人たちのおかげで、だいぶ強くなれる事ができました。
そして、
去年の夏の終わりに私はある決心をしました。
その時に向けて私のブリキの羽も羽ばたく準備を始めました。

わたしの北海道冬物語もいよいよ最終章に入りました。
「北海道に来て良かった」と笑顔で言えるように、これからの日々を楽しく過ごして行きたいと心から願っています。

泣いても笑っても同じ時間が過ぎるなら
できたら笑っていたいですね。
人生一度きり。
どんどん前へ進みましょ。
まだまだ自分という名の花を咲かせましょう。

今回も彩羽の私想手記を最後までお読み頂き
ありがとうございました。

季節は冬から春へと移り変わります。
季節の変わり目。くれぐれも無理なさらずご自愛ください。

〜彩羽〜

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こんにちは。彩羽です。
2月に入り一年で一番寒い時期に突入しました。
その通り日中の最高気温もマイナスになり
外は凍える程の寒さになりました。
先日の朝「チャンス!」と思い
濡らしたタオルを持ってベランダへ。
窓を開けたとたん、冷たい空気が一気に部屋に入ってきて思わず「寒いっ!」と声が出ました。
それでも「今は関係ない」とばかりにタオルをぐるぐる・ぐるぐると回してみました。
最初は何の変化もなく「できないかなぁ?」と思っていましたが、
それでも回しているうちにタオルがシャキーン!と凍ってパリパリになりました。
思わず「やったー!」と感激!
また北海道での初体験を果たすことができました。
今月はまだまだ初体験も含めたくさんの楽しみがあります。
色んな意味で今月も穏やかに楽しく過ごせると言うのが私の願いです。

さて、
前回は楽しい旅の思い出のお話をしてしました。
帰りは次の約束を交わし、楽しい思い出を胸に帰路に着きました。
帰りの飛行機の機内では、
札幌に着いたらデパートに寄って夕飯のお惣菜を買って帰るつもりでした。
デパ地下の売り場を思い浮かべながら
「何を食べようかなぁ?」なんて思ったりして。
無事千歳空港に着き、そのままJRへ。
夕方の列車は案の定とても混んでいましたが
空いている席に滑り込み、友人へ「無事着いたよ〜」と報告のLINEをしました。
その時までは、デパ地下での買い物。自宅に着いてから夕飯にしてそれからお風呂に入って・・・と帰宅後までの事をあれこれ模索。
っとその時!ふっと「部屋の鍵」の事を思いました。
持っていたハンドバッグのポケットを探る私。
・・・・・・・・・
「ない!」
「ない!」
「ない!」
入っていると思った場所に鍵はありません。
「まさか?」
「まさか?」
「まさか?」
・・・とバックの中を探しながら
「宅配便の荷物の中だわ〜」
その日の朝のホテルでの行動が、巻き戻しされたかのように蘇ってきました。
機内持ち込みの荷物をできるだけ軽くするために帰宅してすぐに使わない物は宅配便で送っていました。
まさか自宅の鍵まで入れてしまうとは・・・
デパ地下どころか自宅に入れないという最悪の事態。
鍵が無いと気付いた瞬間、
楽しかった旅の思い出も心地よい疲れも一気に吹き飛びました。
「どうしよう?」とりあえず自宅に戻って管理会社に連絡。
事情を話し、「折り返し連絡」と何度かやり取りをして、管理会社の方に来て頂き鍵を開けて貰うことができました。
格安航空で安く行こうとしたのが、行きは荷物の重量オーバーで追加料金を取られ、帰りは鍵を開けに来て貰った管理会社へ出張料金を払う羽目になり、今回は私の「うっかり」で何のための格安航空だったのか?わからない旅でしたw
次の日の朝。母との電話で
「昨夜は鍵が無くて部屋に入れず大変だったんだよ〜。寒かったし」と話すと
「お父さんもそうだったね〜。似てるんだね〜。あんたとお父さん」と言われ思い出しました。父の姿を!
・・・そうだった。
私の父は家の鍵、車の鍵、携帯や財布や・・・色んな物を良く失くす人でした。
実家に行くと何かを探す父の姿を何度も目撃し、「あ〜!また何か失くした?」と笑って一緒に探した事を思い出しました。
母の「お父さんに似てるね」にちょっとムッとしながらも嬉しく思った私でした。

そうそう、
「富士の高嶺に降る雪も〜」このお座敷小唄。
大工さんだった私の祖父が良くお酒の席で歌っていたんだそうです。

今回の大阪・京都の旅。
大好きな友人との楽しい時間。
ちょっとだけ父に似た私の「無い!無い!」
それと久しぶりにカッコイイ大工姿の祖父の事を思い出しさせてくれた本当に良い旅になりました。

さて、
今月私は珍しくたくさんお休み頂いています。
本当はもっともっと出勤してもっともっと頑張らないといけないけれど、
北海道での冬はこれが最後。北海道でしか体験できない事がまだまだたくさんあります。
今しかできない事をやってみたいと思いました。
後悔しないように、私の人生の一ページにこの冬の思い出を綴りたいと思います。
いつか思い出した時「北海道はなまら楽しかったなぁ!」って思えるように。
明日は第一弾!
「さっぽろ雪まつり」に行って来るべさ。
どうせならなまら寒い夜に。

今週後半、40年ぶりの寒波がやって来るようです。
風邪なども流行っているようです。
栄養・睡眠などしっかり摂り、くれぐれもご無理なさらずご自愛ください。


外はまだまだ雪が降り続いています。
私はこの降り続く雪も楽しみたいと思います。
皆さんは冬の寒さも雪も当たり前で雪が降れば「雪かき」も大変な仕事になり迷惑な事かもしれませんが・・・
元気に頑張ってやがて訪れる「春」を一緒に待ちましょうね♪

今回も彩羽の私想手記を最後までお読み頂き
ありがとうございました。

〜彩羽〜

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